薩摩いろは歌(島津日新公いろは歌)のう
憂かりける今の身こそはさきの世のおもえばいまぞ後の世ならむ
「周囲の人がつれなく対応するのは、前世の行いの報いである。後世の姿は現世の行いの報いである。」
現在の、周囲のつれないそぶりは、前世での行いが悪かったからです。
後世にどのような待遇にあるかは、今現在の現世の行いで決まります。
世の中は、常に因果応報のもとで動いています。
善い行いをすれば、善い結果が得られ、悪い行いをすれば、悪い結果が得られます。
将来、自分に善い結果をもたらしたいと思うのであれば、今現在を真面目に清く正しく過ごしなさい。
そうすれば、将来の自分に善い結果が得られるはずです。
因果応報は仏教の思想ですが、結果には必ず原因があり、結果は全て原因によるものであるとの考え方です。
この考え方に則れば、善い行いをした人には善い結果が、悪い行いをした人には悪い結果がもたらされるというものです。
この考え方は本当でしょうか?
短いスパンで考えると、必ずしもこのようにはなっていないようですが、長いスパンで考えると、この考えは正しいといえるようです。
人間の寿命は、高々100年程度ですが、200年、300年という長いスパンで考えると、必ず善い行いをした人には善い結果が、悪い行いをした人には悪い結果がもたらされるそうです。
この歌の中でも、前世、現世、後世という、長いスパンで考えられています。
中には、そんな長いスパンで幸せになっても意味がないと考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、結果はいつもたらされるかわからないのです。
早ければ一時間後には結果が出ているかもしれません。
あるいは一年後、10年後かもしれません。
人によっては、200年後かもしれません。
善い行為の結果が必ず善いことなら、結果がいつ出ても善い行いをした方が良いと思います。
現世も後世も善く過ごすために、現世では清く正しく生きていきたいと思います。